天なびコラム

第6301話

2018年01月27日

御神渡り復活なるか

「数年に一度」クラスの強い寒気が日本列島の上空に流れ込んで、各地で記録的な寒さを観測しました。この厳寒の中、諏訪大社(特に八剱神社)の関係者が心待ちにしているのが、諏訪湖の「御神渡り(おみわたり)」です。諏訪大社信仰では、上社の男神(建御名方神)が対岸の下社の女神(八坂刀売神)の元へと通った恋の足跡とされています。ロマンチックですねーー。

今季に出現すれば、2013年1月以来5季ぶりとなります。諏訪大社の関係者にとっては重大な神事ですので、1444年1月から現在まで570年超に亘る連続した記録が残っていて、戦前までは毎年のように出現していたようですが、その後は減少傾向で、1980年代以後は出現しない年(明けの海)の方が多くなってしまいました。
ネット検索で調べると、御神渡りが減ったのは地球温暖化が原因とされていますが、果たして本当でしょうか。

学術文献では「氷の鞍状隆起現象(ice pressure ridgeまたはthermal ice ridge)」と呼ばれていて、諏訪湖の他には、道東の屈斜路湖・塘路湖、ロシアのBaikal湖、ハンガリーのBalaton湖、アイスランドのByvatn湖などで、同様の現象が調査されているようです。

御神渡りの科学的な解釈は次の3ステップです。

1.冬の寒さで湖が全面結氷する。
2.夜間に急激に冷えた氷が収縮、氷面に亀裂が走って、開口部に薄氷が張る。
3.日中に温まった氷が膨張、亀裂・開口部の薄氷が押し寄せられて隆起する。
(その後、2.3.の繰り返しで隆起が成長する)

「1.全面結氷」については、寒ければ寒いほど好都合ですが、文献によると氷厚5cm〜10cmぐらいが、その後の「2.&3.収縮→亀裂→膨張」に至るための好条件とされています。
「2.&3.急激な冷却と昇温」については、湖の周辺環境によりますが、諏訪湖の場合「放射冷却」が主要因です。

放射冷却は、弱風の晴天夜に、山に囲まれた盆地で起きやすいことが分かっています。諏訪出身の歌人、島木赤彦が「空澄みて寒きひと日やみづうみの氷の裂くる音ひびくなり」と詠んだ通り、標高の高い盆地にある諏訪湖では「放射冷却」が引き金となって「御神渡り」が出現しています。
2017年は氷厚8cm、2016年は同7cmで全面結氷したにもかかわらず、御神渡りは出現しませんでした。これは全面結氷期間が短かったせいもありますが、寒暖差を引き起こす放射冷却が起きなかったせいとも考えられるのではないでしょうか。

それでは、なぜ放射冷却が起きにくくなったのかというと、盆地内の都市化が原因です。都市気候モデルを用いて、「都市あり」「都市なし」の二つの実験を行い、冬季の最低気温の違いを調べれば明らかになるでしょう。
(大学院の学生さんの研究テーマにいかがでしょう??なお、地球温暖化の影響かどうかは、アメダスデータの長期傾向を調べれば分かります。諏訪と盆地外側で最寄の原村や辰野を比較すれば良いでしょう。)

都市化が原因で放射冷却および御神渡りが減少したのだとすれば、どうすれば御神渡り復活の力添えをできるでしょうか。以下は「打ち水大作戦」ならぬ「御神渡り大作戦」であります。

a.夜間の人工熱排出を抑える。具体的には、コンビニ・スーパー・飲食店の深夜営業を控える。
b.地中伝導熱放出を抑える。積雪しても、道路や屋根などはなるべく雪かきしない。
c.天空率を高める。高層建築を規制し、家屋はせいぜい3階建まで。空き家・空きビルは更地に戻す。市街地・鉄道・道路の地下化を進める。

ここまでやると、事故・ケガ人・病人が続出して死人も出るでしょう。対費用効果は望めませんね。神事も大事かもしれませんが、諏訪盆地の人々の暮らしも大事ですので、外野がとやかく言うのは慎みたいと思います。

さて最後に、今季に御神渡りは見られるでしょうか。
アンサンブル予報によりますと、諏訪地方は2月上旬頃までは氷点下の日平均気温が続く可能性が高く、昨年や一昨年よりも長く全面結氷状態が保たれそうですので、非常に期待できます。
その間に放射冷却さえ起きれば、御神渡りが出現するでしょう。熱愛スクープ記事を得意とする週刊誌記者が、諏訪湖両岸の男神様・女神様を見張っていなければ…。

執筆者:風来坊