天なびコラム

第7909話

2022年06月23日

砂浜から沖合を望む

「はまなすや 今も沖には 未来あり」中村草田男

6月某日午後7時30分頃、ここは日本海側のとある砂浜。
出張先での仕事終わりに、道中のこの砂浜に座ってこのコラムを書いています。
夏至に近く、雲一つない日没後、かなり北寄りに沈んだ太陽は海の向こうのあのあたりだなとまだわかるくらいの空の明るさ。地上ではもう日は沈んでいるけど、上空数km以上の大気はまだ日に当たっていて、レイリー散乱による暗い青に視界の半分が覆われています。天頂付近が一番暗くて水平線に近いところは比較的明るいので、何も映されていないプラネタリウムのドームのようで眺めていると不思議な感覚を覚える空。私の一番好きな時間帯です。
波打ち際は、海から吹き寄せる風によって幾重もの波が折り重なっては砂を少しずつ動かし、砂浜の形は昨日とは少し変わっています。ここに座っていられるのはほんの一時の偶然のように感じます。背後には所々、数万年前の地層が隆起してむき出しになっているのが見えます。それらはあちこちで波や風雨で崩れ、足元の砂はあらゆる年代の砂粒が混ざっていることでしょう。
そこにコウボウムギがほどよく生えて座りやすくなっていて、横にはハマナスが群落を成して淡いピンクの花を咲かせています。この辺りは西側が開けた日本海で偏西風の影響を受けやすく、年間通して西寄りの風がよく吹きます。遥か日本海で蒸発した水からできた雨や、その向こうで発生した二酸化炭素をここで吸収して生長している植物たちでしょう。
空も海も足元も刻一刻と変化していて、これらが私の周りで同じ配置で集まることが二度とあるでしょうか。まずないでしょう。生涯に一度しかない奇跡の瞬間を体験しているのかもしれません。

この砂浜の沖合では近い将来、大規模な洋上風力発電所の建設が計画されています。その計画を予感させるように、真正面の海から強い向かい風が吹いてきています。西から東向きに、地球の自転を加速させるような勢いを感じさせる風です。

さて、ここに座っている私の中には、今までで何が積み重なったのでしょうか。何を見て何を感じているのでしょうか。気象庁では30年で平年値を算出していますが、それだけの期間の蓄積から言えることに何があるでしょうか。そんなことを考えながら、その日私は30歳になりました。


執筆者:ありんこ