天なびコラム

第7975話

2022年08月28日

バネ仕掛け職人

夏は食虫植物の季節ですが、最近、ウツボカズラについて面白い研究を見かけました。
ウツボカズラは、皆さんテレビかどこかで一度は見たことがあると思います。ツボのような形をした捕虫袋の内側がすべすべになっていて、底には消化液が溜まっていて、落ちてきた虫を消化するあの植物です。
捕虫袋の上には蓋のような器官が付いていて、雨が入って消化液が薄まらないようにするためについていると考えられていましたが、実は蓋にはそれだけではない機能があるようです。

雨が降ると、アリやクモなど様々な虫は植物の葉の下で雨宿りをします。ウツボカズラの捕虫袋の蓋の部分も雨宿り場所になります。
ウツボカズラの捕虫袋の蓋の根元の周囲には、リグニンという硬い物質がうまい具合にバネのように生成されていて、蓋に雨滴が当たると急激に下方向に動くようになっています。それが、蓋の裏に雨宿りしに来た虫を叩き落とすような構造になっているのです。ただの蓋ならこんな仕組みにはなっていません。
ウツボカズラは、特に虫をおびき寄せる匂いなどは出していないのですが、巧妙に虫を多く捕らえる仕組みを持っていることに感心します。

ただ、生物の進化の話で勘違いされがちですが、進化には目的や意思などはなく、遺伝的変異と環境による淘汰があるだけです。
リグニンがうまい具合にバネのように機能する場所に生成されるようになったのは、最初は全くの偶然によるものだったのでしょうけど、それが、雨や雨宿りに来る虫という環境によって、虫を多く捕らえられるようになった。そのおかげでよく繁殖できるようになり、この形質が多くのウツボカズラに遺伝して今に至るということだと思います。
たまたま生存に有利な形質を持ったものが残る、たったそれだけなのに目を見張るほど精巧な生物がたくさん生まれたこの進化の作用を、ドーキンスは「盲目の時計職人」と喩えました。その盲目の時計職人はウツボカズラには巧妙なバネ仕掛けを施したと言えそうです。


執筆者:ありんこ